News Letter9月号

October 10, 2015

変わりつつある日

http://gen.ecovillage.org/en/node/5852(英文)

 

津波後の救済から~ 貨幣制度からの解放が、社会を持続可能にする。

 

2011年の巨大地震で、日本は東北地方の広い範囲で津波の被害に遭った。被災者がお金の要らない交換を維持できれば、互いの助け合いがもっと持続可能になるという事例観察を、都市型エコビレッジのアズワンから片山弘子が報告する。

 

2011年3月、福島の海岸沿いにある原子力発電所がメルトダウンを起こした。それ以来、大量の放射線が大気中や海や大地に漏れ続けている。4年たった今、問題はなお深刻に日本中を巻き込んでいる。津波に引き続いて起きた一連の事故や出来事は、想像を絶する影響によって、多くの市民を絶望させ、同時にそれまでの幻想から目覚めさせることにもなった。そのことは、私が最近のインターナショナルニュース3月号と6月号で報告したように、エコビレッジを紹介するEbook、新しい運動の誕生、トランジションタウンのネットワーク化など、新しい協力関係の出現に繋がっている。

 

2000年の終わりにスタートしたアズワンコミュニティも、これらの協力関係の一つということができる。アズワンはオープンスタイルの都市型エコビレッジとみなされており、スタディツアーの開催が求められるようになってから、参加者数は増え続けている。スタディツアーには被災地からの参加者もみられ、特に、人々がいかに安心できる関係を営めるのかに関心が集中している。私はこの問いかけが、特に緊急時や危機に際してエコビレッジに人々が何を求めているのか理解する上で、本質的な要素ではないかと考え、この点について私たちの経験を振り返って考察をしてみたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、どんな緊急事態でも、たとえば個人の携帯電話や灯りを確保するためのミニ太陽光発電システムのような具体的な解決策は必要だ。深刻な災害後の、風紀上の問題および捜索や救出などいずれの面でも欠かすことが出来ない。また一方で、エコビレッジでよくみられる社会モデル、お金の要らないお店は、災害後の暮らしの中で誰でも災害時に必要なものを協力的に入手できる機会になる。 しかし緊急時に実現するには、コミュニティのメンバーと地域の人々、そして地域の行政との協力関係がある程度深まっていることが必要だ。スタディツアーの参加者たちは、コミュニティの枠を超えたオープンな協力関係の実態に大変驚いている。たとえばまちのはたけ公園や未来の里山は災害時における緊急避難場所としても機能するように、解放された空間として作られてきた。そこでは誰でも清潔な井戸水や伝統の炭を燃料として入手でき、またいろんな年代の人同士がそこで出会うことができる。それは災害時には生死にかかわることを協力的に親しく作業できることに繋がっている。

 

しかしながらアズワンを訪れるスタディツアーのほとんどの参加者が注目するのは、以上のような表面的な方法というよりは、どうやって健康的な人間関係を育て、営んできているのかということだった。世界的にも多くのエコビレッジの試みが、人間関係や経済や組織運営の困難さで、試行錯誤の途中で崩壊してしまうことが多い中、アズワンは15年にわたる様々な試行錯誤を経験しながら、いかにメンバー同士や地域の人々との関係を育んできたのか。特に被災地からの参加者が、スタディツアーに参加した動機として、被災地での人間関係づくりをあげていたことを思い出して、直接取材してその内容を確認したくなった。

 

大槌町は海岸沿いの町で、町長と32人の役場職員を含む1277人が命を奪われた。平常時の状態に戻そうと、町民を支援するための努力が今も続けられているのだが、2015年9月現在、多くの町民は未だ仮設住宅での暮らしを余儀なくされている。準職員として横浜から派遣されている弥生子さんは、「誰もが誠実に懸命に働いているが、状況は相変わらず厳しく、職員はすっかり疲れきっている。主な問題は、人間関係とお金の問題に由来している。」弥生子さんはさらに続けて、「他の人たちと比較してサービスを受けていない、ほかの人はあんなに沢山受けているなど、不公平に扱われているというクレイムの対応に多くの時間が費やされる。(主体的に自分たち同士で解決できるようなことがたくさんあるはずだが、それは役場の職員からは言えない)」

 

盛岡市の民間サポートグループのリーダー、吉田直美氏は、ほかの被災地の多くでも大槌町と同様の状態が起きていると指摘する。「津波に襲われた直後は、みんなお互いに本当に仲良く助け合う。数日後、支援物資が供給され、お金が次第に循環し始めると、被災者の中で仲良く互いを支え合う状況は一変して、他の人よりどれだけたくさんもらえるか対立が始まる。不満とお互いへの不信感が広がって、緊急時であるにもかかわらず、お金がなしでは何をするにも難しい状況になっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吉田氏は、どうやったら人々がお金なしで公正に復興するための協働作業をしていけるかに焦点を合わせた。彼は貨幣制度から解放された事例を探し出し、その一つがアズワンコミュニティだった。「私が2012年にアズワンに滞在したとき、たった3日間で全体の仕組みまでは十分理解するにはいたらなかった。しかし彼らは個人として自由であり、お互いに支え合っているということには確信が持てた。」 現在、吉田氏は盛岡市で自助農園の検討や定例のミーティングを開催している。彼は地元の市民と心からの会話を継続していこうとしている。吉田氏は「これまでにない新しい社会システムが存在することは人々にとってとても必要だと思う。エコビレッジの社会システムは、人間性と社会についての実現可能な目標となりうる。」

 

 

どんな状況下になっても、会話を継続することは人間関係作りにとって欠かすことはできない。しかしながら、人々がその話し合いの結果を喜んで意欲的にシェアできるかどうかは会話の質にかかっている。

 

 

ここで持続可能な対話に関する興味深い考察があるので紹介したい。彼らは被災地から来たのではなく、全く異なる文化圏からアズワンに来訪した人たちだが、彼らが大変信頼できるので、ここで紹介しておきたい。

 

 

ペドロ アロウジョ メンデス氏はブラジルでガイアエディケーションの講師やDragon Dreamingという運営方式のファシリテーターでもあるが、彼は40日間アズワンに滞在して、「サイエンズ」を学ぼうとしている。サイエンズとは、コミュニティづくりの経過の中で生まれた、事実の観察にもとづくアプローチで、Scientific Investigation of Essential Nature + Zeroの頭文字をとった造語である。ペドロ氏は「会話によって持続可能な関係性を構築していくためには、互いが客観的になれるかどうかが必要不可欠だ。サイエンズはわれわれに客観性を持たせてくれ、相互理解を促進してくれる。」

 

ほかのブラジル人たち、ジェーンとイタマールは、「人々の関係は直接自然との関係に影響する。アズワンで午前中若い人たちとファームで働いている時、私たちはそれぞれお互いの心を開き、自分の内面を観察し、会話をつづける、そしてその方法のシンプルさを心に刻みつけている。若い人たちはいつもそうしていて、お互いについて知りあったり、ほかの人に対してどう反応しているかを知っていくことが、面白いだけでなく役立っている。」

ペドロ メンデスさんはさらに加えて、「もちろん私はいわゆる神秘主義も否定するものではない。しかし、もしもっと幅広い人たちとともに生きていこうとするならば、より客観的な視点と態度が必要になる。」

 

8月30日、高校生から障害を持つ人たちも含めて10万人をこえる人たちが、東京の国会議事堂を取り囲んで政府に対して自分たちの意思表明をしようと集まった。 それは心からの表現だった。このことは日本人が次第にその主体性を確立し始め、協力して一緒に行動できるようになってきていることを示している。

 

エコビレッジのシステムやその経験は、万人にとって実現可能な、新しい人間のありようと社会のモデルを提案していけると私は考える。つまり、私たちがコミュニティから主体的に自立すると同時に、持続可能な会話を行いながら、多様な人たちと平和的に協力して、普遍的な共通基盤を構築できると示すことである。そのために私たちは世界の多様な人たちとともに、人間と社会の本質についての探求と対話を継続することが必要である。 

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